2008年 03月 26日
いかに本物に見えようともやはり本物 |


「零円札」
赤瀬川原平、大日本零円札発行所
紙にオフセット印刷
縦196mm、横119mm
1969年
深瀬記念視覚芸術保存基金 蔵
赤瀬川原平は、原版の「複製」である筈の紙幣が「本物」とされている仕組みに興味を抱き、1963年から千円札の片面を写真製版により転写した「千円札の模型(模型千円札)」を制作した。
赤瀬川は、これを芸術作品として模型千円札の「本物」と考えていたが、いわゆる「千円札裁判」においては、司法当局により「模造」(=千円札の偽物)と判定されてしまった。すなわち、「画家A(赤瀬川)の模型千円札は、千円札を模造し配布したもので通貨及証券模造取締法違反にあたる」として、1965年に東京地方裁判所に起訴され、1967年に懲役3カ月、執行猶予1年の有罪判決を受けた。
公判で、「本物の中に紛れ流通することを目論む「千円札の偽物」としてではなく、あくまで「千円札の模型」として作品を製造した」と述べた。「模型」は、もともと有用性を剥ぎ取られているものである。それに対して、検察は「模造したことが罪」という態度を貫きとおし、その「模型」が貨幣に対する「公の信用を揺るがせる」とした。
赤瀬川は、それに憤慨して、本物の「零円札」を制作した。これは、大日本零円札発行所が「原版の複製」として発行する、零円札の「本物」である。
芸術作品「零円札」としての本物であり、日本銀行券(紙幣)の偽物ではないことを示すため、紙幣の見本に印字される「見本」という文字の代わりに、版面に「本物」と記した。零円札を郵送する封筒には「傍目にはいかに本物と見えようとも、やはり本物であることを御理解下さい。東京都杉並区成田東四ノ五ノ十四 大日本零円札発行所 赤瀬川原平」と記した添書きを同封した。
この零円札は、かつての模型千円札のように「本物とも見えて、偽物」とされるようなものではない。「本物と見えて、かつ本物」なのである。
赤瀬川は、その後、東京高等裁判所に控訴したが棄却された。さらに最高裁判所に上告したが、1970年に上告棄却を言い渡され、有罪が確定した。他方、「本物」の「零円札」は今日まで罪に問われたことはなく、赤瀬川の代表作のひとつとしてここにある。
深瀬鋭一郎(深瀬記念視覚芸術保存基金代表)
参考資料
東京大学コレクション12 真贋のはざま デュシャンから遺伝子まで 西野嘉章編 東京大学出版会 2001年11月
赤瀬川原平資料集「千円札裁判の記録」熊谷真美編 ナゴミ書房 1998年8月
東京ミキサー計画―ハイレッド・センター直接行動の記録 赤瀬川原平著 ちくま文庫 1994年12月
美術手帳第287号記事 模型千円札事件――芸術は裁かれうるのか 中原佑介 美術出版社 1967年9月
美術手帳第274号記事 模型千円札事件公判記録 美術出版社1966年11月
by fmvapp
| 2008-03-26 22:14
| 評論・解説