2008年 05月 10日
時を経て、循環する炭 ─ 松下康平の炭芸術 |

松下康平がつくる、炭の立体やレリーフ、インスタレーションといった最近の作品群は、一般には見慣れないものである。もとより、専門家に「優れた現代美術」と評価される作品の多くは見慣れないものである。それは、欧米やわが国の芸術評価のパラダイムが、その作品なり作家なりが、いかに新しい様式や表現方法などの文化価値を生んだか、それらの価値が時代を超えて人類にいかに普遍的な恩恵を与えたか、といったことに重きを置いていることに由来する。
では、松下康平の作品が、なぜ「見慣れないもの」なのかを考えてみよう。まず、彼の代表的な作品はいずれもサイズが大きい。美術の歴史においては、概ね「大きいこと」は端的に「見慣れないもの」として、価値を表すものと考えられてきた。それは、大きいものをつくる機会や財政的支援を受け、そのために時間を割き得ること自体が、アーティストの特権的地位をあらわしており、技術が発達した現在ほど潤沢に資源を投入できたわけではない時代には「大きいこと」イコール「価値」と考えることが自然だったからである。
松下康平の場合、大きいものをつくる特権とは、自らが炭化装置や炭製品の販売を行う企業「株式会社ゼロ・エミッション」の代表取締役社長であることである。埼玉県に設置した炭製品製造のための工房を、作品の制作にも使用できるという特権である。こうした特権的地位は、吉原製油(現在のJ-オイルミルズ)の社長でもあった具体美術協会リーダーの吉原治良とも共通する。
松下康平の作品の多くは「炭」で制作されている。通常は小さいものとして使用される炭、レストランや服飾店のインテリアとして眼にする炭が、かなり大きなサイズになっている。では、その大きな作品をよく眺めてから、頭の中でサイズを縮小してみよう。ちょっとした、オブジェとなるだろう。そのオブジェは、実は、元来、店舗内装などのための炭製品である。炭製品の販売を行うなかで、松下康平が自らの肩書きとして長らく名乗ってきた「炭コーディネーター」としての工芸的制作物である。

目新しいものであるだけに、美術作品として評価を受けるのは早かった。わずか2年あまりの間に、「愛・地球博」「国際インパクトアートフェスティバル」(京都市美術館)への参加をはじめ、日本、アメリカ、フランス、ドイツで計8回の国際展に参加し、第4回 現代美術国際展・ペルピニャン 2007金賞、第25回 現代美術国際交流展・パリ2006奨励賞などを受賞した。また、ロストック市美術館(ドイツ)には、レリーフ作品「黒の微」(2007)が収蔵された。
ただ、これらを単なるビギナーズ・ラックとか、外人好みのはやりものとして片付けるのは早計である。松下康平の作品には、同じものを他の人がつくったとしても、それを上回る強さがあるからである。それはなぜか。
松下康平が炭焼きを始めたのは1990年に遡る。明治大学農学部在学中に、実験の再現性を確保するため均質な炭を確保する必要に迫られて、自ら炭を焼き始めたのだという。炭を焼く炎は美しく、しかも炎の温度や木の材質によって焼き上がりの炭の色が変わった。「炎の温度や材質で焼き上がりの色が変わる」という、焼き物コレクターでもある父の言葉を思い出した。そこから18年の制作キャリアが始まった。

松下康平は、ビジネスで携わる、自然環境における炭(炭素、carbon)の循環や、五行思想にインスピレーションを受けて湧き上がる表現欲求を作品に化体し、その源泉となったコンセプトを作品の標題としている。そこでは、ビジネス、コンセプト、インスピレーションそして創造行為が密接にかかわり、自然に共存している。鑑賞者が作品名を見ながら作品の前に立つと、コンセプチュアル・アートを観ているような感覚にも囚われることがあるのは、作品の成り立ちがこのような背景によるものだからだろう。
炭による現代美術作品といえば、木を素材として用い、燃やして表面を炭化させる作風で、インドトリエンナーレ(1986)やヴェネチアビエンナーレ(1990)にも参加した遠藤利克の作品が想起される。地・気・火・水や円環をテーマとする遠藤利克と、松下康平の作品のコンセプトは相異なるが、双方ともコンセプトの強い立体・インスタレーション作品であるという点では共通している。
これらは極めて日本的なものに見える。木は燃えて火と熱を生む。あとには炭や灰が残り、土に帰る。その土から木が生える。こうした「循環」には、実は時間の概念が内包されている。炭化前の木や葉を、炭化したそれらと対比する作品や、炭により木が生成されていく作品では、木が炭になるまで、炭が木になるまでの時の流れが封印されたような、時間のイメージが強く浮き上がってくる。

(注)「五行思想」とは、紀元前3世紀頃に戦国時代の陰陽家騶衍(鄒衍と表記する場合もある)が理論づけたとされる、万物は木・火・土・金・水の 5 種類の元素から成るという思想である。
深瀬鋭一郎(深瀬記念視覚芸術保存基金代表)
by fmvapp
| 2008-05-10 20:32
| 評論・解説